子供の頃、実家で犬を飼っていた。保護犬であった。雑種犬であった。
イヌはのんびりとした性格だった。来訪者には誰かれ構わずしっぽを振り、お手・おすわり・待てなどは一通り教え込んだがときたまポカンとしていた。
リードが杭に絡まり動けなくなっていたり、スズメに餌を取られたりもしていた(当時、中型以上の大きさの犬は外飼いが基本だった)。
「犬」と言えばイコール自分の家のイヌだったので、犬はみんな大体こんな感じの、優しくておっとりとしてどこか間の抜けている生き物なのだと思っていたら、後に友人宅の犬(血統書付きで、見るからに賢く、キリッとしている!)を見て驚いた。うちのイヌと、ぜんぜんちがう…!!
だが、その不完全さゆえに、私たち家族はイヌのことを心から愛していた。
誰かが何かを愛するのは、その対象が優れているからではないということを、私はイヌから学んだと思う。
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動物を飼いたいと考えている。
私は自宅で仕事ができるので、保健所から犬か猫を保護できないかと思ったのだ。
配偶者もむかし柴犬を飼っていたので、子供が大きくなったら飼えたらいいねーと話していた。
だが、子供の判別がつくようになった今、動物を飼うことを提案してみると、ことごとく却下される。
下の子はちょっと興味があるようだが、上の子が断固拒否している。曰く、「動物は、噛むし、匂いがするし、先に死んでしまうからいやだ」とのことらしい。
子供が動物を飼いたくて、親が「ちゃんと面倒みられるのっ!」と苦言を呈す構図はよく見るが、子供ストップがかかるパターンもあるのか……。
とまれ、同居家族の100%が同意しないと動物は飼えないので、我が家に新しい家族が来ることはまだなさそうである。
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「犬カフェ」に行った。
子供が動物を恐れるのは、たぶんその生態をなにも知らないからである。
私の幼少期は、あちこちに外飼いの犬が繋がれていて、子供たちは「犬さわらせてください!!!!」と各家庭にピンポンをかましては動物を愛でていた。
それが今、犬は室内飼いが基本となり、どこの家に犬がいるのかさえわからなく、また散歩中の犬もむやみに触らないのがマナーである。
これでは犬を飼うという発想すら生まれないのは当然のことかもしれない。
というわけで、「犬カフェ」に行き、ちょこっと触らせてもらうことにしたのだった。
久しぶりに触る犬は、生温かく、人間を信頼している目をしていた。
エサを持つ者に人懐こく群がり、エサがなくとも群がり、こちらが座る足元にごろりと転がったりする。
か、かわいい……
犬や猫が嫌なら、水槽で飼える生き物はどうか?という意見が出たこともあったのだが、やはりこの触れ合える温かさというのは何ものにも変えがたい気がする。
最初はこわごわ触れていた子も、真っ直ぐに好意を向けてくる犬に目尻が下がっている。
犬は人間より先に死んでしまうのが悲しいが、その悲しみを上回る喜びも与えてくれる生き物だと思う。
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帰宅して感想を聞いてみると、断固拒否だった上の子が「ちょっと、いいかなって思った……。5パーセントくらい…………」と意見を軟化させていた。
よし!と思ったが、今度は下の子が「犬、こわかった…、もういい……」となってしまった。「犬、いっぱいなでる!!!」と息巻いていた下の子だったが、自分の背丈よりもデカいゴールデンレトリーバーにじゃれつかれ、すっかりびびってしまったのだった。
そういうわけで、うちに犬が来る日はまだまだ遠そうである。
おわり
